IMF・PB黒字化は不要

どうもIMF内部では分裂が起きているのかも知れません。
もとIMFのチーフエコノミストであったフランス生まれのアメリカMITの経済学者「オリヴィエ・ブランシャール教授」が、「日本の財政政策の選択肢」という論文で、「日本はプライマリバランスの黒字化など気にせずに赤字で構わないから経済再生に向かえ」と述べたのです。

ブランシャール教授は、「長年、日本政府はプライマリーバランスの黒字化を目標としてきました。プライマリーバランス赤字のGDP比は平均5.4%、純債務残高対GDP比は64%から153%まで着実に上昇しました。現在、プライマリーバランス赤字は2.9%、財政赤字は3.2%であり、純債務残高対GDP比(IMFの定義による純債務)は153%で概ね安定しています。
日本国政府は2025年度までにプライマリーバランスの黒字化を実現することを宣言しています。」と述べ、そして「これは正しい目標でしょうか?」と疑問を呈しています。

その上で「現在の日本経済の見通しのもとでは、長期間にわたってプライマリーバランス赤字を続けることが必要とされることを我々は主張します。」として、黒字化目標は間違っていることを告げております。

ただ「それ自体が望ましいからではありません。望ましいものではないし、高水準の債務はリスクを伴うものです。」と、IMFがいままで主張してきたことの擁護も忘れては居りませんけど。
その上で「現在の状況下では、需要を保ち、経済を潜在水準に保つための最善の手段と考えられるからです。」と付け足しております。

ようするに、「プライマリバランスの赤字は良いことではありませんが、金融政策は量的緩和やマイナス金利に至るまで可能なことを全て行いましたがだめでした。金融政策だけでできることには限りがあります。」ということのようです。

その理由は三橋貴明氏らが昔から述べていたこととほぼ同じです。何をいまさらとも思いますが、ある意味でIMFのMMTへのすり寄り、または白旗を掲げたとも考えられます。

MMTの論争はまだ続いているようです。「国はいくら借金しても大丈夫? 驚きの経済理論“MMT”とは」などという番組が5月19日頃NHKで放送されたようですね。
気になるのは「国は幾ら借金をしても大丈夫?」というくだりです。いかにも無制限に借金が出来るがごとく印象操作しています。
現実には「インフレーター」と「デフレーター」という経済指標があり、デフレーターが0に近づくまで国債を発行しても大丈夫であると言うことで、無制限ではありません。

国民経済を司る我々はミクロ経済紙か念頭にありません。ミクロ経済学とは経営などに関する経済学で、お金の出と入りを記録し、黒字化を目指し努力します。しかし国家財政はマクロ経済学で判断します。マクロ経済学はお金の出と入りではありません。経済社会全体の膨張と収縮をコントロールする経済学なのです。即ちマクロ経済学には「お金を作る、その作り方」を包含した経済学だからです。

お金は「日本銀行(中央銀行)」で作ります。作り方は「借金」として作るわけです。この借金の裏書は国民の労働です。ですから一万円札とは日本銀行の一万円の借金を意味します。
国民は労働を行い、この一万円の支払いを受けます。支払を受けた人は、他の人の一万円の労働を、この日銀の一万円の借用書で買うことが出来ます。他の人の労働とは、商品になっていたり、サービスの提供であったりします。こうして日銀の借用書が流通するわけです。

政府も借金をしてお金を作ります。作り方は「国債」の発行です。国債も日本銀行券も共に借金であり同じものです。ただ国債は流通しません。法律ですから。ですから銀行で日本銀行券に変えて使います。国内に流通して良いのは「日銀券」だけです。(金融上の流通は除きます)

ですからマクロ経済学では、この借金を減らすことはお金を減らすという意味になります。即ち経済社会を縮小することです。財務省が何故そうしたいのか意味は判りません。
経済社会が縮小すれば、そこで食える人数も減らさざるを得ません。ですから少子化となるわけです。

政府の借金を減らすために増税することは、経済社会の縮小を早めることにはなりますが、財務省がどうしてそうしたいのか、その理由が解らないのです。国の借金は家計簿の借金(ミクロ経済)とは全く違う訳ですからね。

MMTとは、このことを示しただけです。理論と言っていますが、現実を明確に表現しただけのことです。ショックが走ったのは、いままで気づかなかったことだからでしょう。
FRBのパウエル議長とか、安倍首相、麻生財相、黒田日銀総裁はMMTを「間違った経済理論」と述べています。アメリカの著名な経済学者も同じです。しかしMMTは経済理論などと言うほどのものではありません。

そしてアメリカ・バード・カレッジのランダル・レイ教授は、「今はあらゆる人がMMTを批判しているが、将来、議論はひっくり返ることになるだろう。」と、当然のごとく述べています。

昔、ニクソンショックというのがありました。アメリカのニクソン大統領が、突然「ドルの兌換を止める」と発言したからです。兌換とはドルを金に交換することです。「そんなことをしたら世界がインフレになる」と騒いだ人達も居ましたが、結果は何ごとも起きませんでした。ドルは石油取引に使われていましたし、何と言っても当時のアメリカの生産力が大きかったからです。
しかし驚くべきことは、その時までドルは何時でも金に交換出来るとなっていたことの方です。誰もそんなことはしようと思っていないのに・・・

今、MMTというものがショックを与えています。「プライマリバランスが赤字でも何の問題もない」と言うからです。しかし現実の日本では、赤字が続いていてもインフレなどは起きず、むしろデフレが続いています。MMT以外にこれを説明できることは出来ないでしょう。
そして消費税によって日本は経済社会を縮小しています。ですから少子化が止まりません。

財務省には、なぜ経済社会を縮小させるのか、その目的を糺してみたいですね。

“IMF・PB黒字化は不要” への3件の返信

  1. 諸悪の根源は財務官僚
    大久保利通が作った官僚制度は最低
    大久保の末裔である売国奴の安倍と麻生は私刑にすべきw
    辻清明による日本の官僚研究
    日本の政治学者・行政学者である辻清明は、明治時代以来の日本における官僚機構の特質を研究し、その構造的特質の一つとして「強圧抑制の循環」という見解を表明した。 彼は『新版・日本官僚制の研究』 (1969) にて、戦前において確立された日本の官僚は特権的なエリートによる構造的な支配、すなわち支配・服従の関係が組織の中核を成しており、さらに組織外の一般国民にまでその構造が拡大されている状況を指摘した。つまり、組織内部において部下が上司の命令に服従するのと同様に、日本社会では軍人・官僚への国民(臣民)の服従を強要する「官尊民卑」の権威主義的傾向を有していたとする説である。 さらに辻は、この社会的特質は戦後の改革の中でも根強く生き残り、政治的な民主化への阻害要因になっているともしている。この「強圧抑制の循環」という見解は、日本の官僚が政治家よりも大きな政策決定への影響力を有するという前提に立つものであり、政治学および行政学における官僚優位論の代表的研究と見なされた

  2. 年金が理由の一つにあるのではないかと思います。
    年金支給額の算定はマクロスライドも用いていますのでインフレ率が低い方が支給額の増額が抑えられ一般財源からの繰り入れも抑えられます。
    一方で過去40年間の統計では経済成長率が低い方が株式のリターンは高いという数字が出ています。
    実際にGPIFの収益額は5年間で約15兆円から約55兆円まで積み上がっています。

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